和田玉について  楊貴妃の世界

Hotangyoku

楊貴妃と玄宗皇帝の強く哀しき愛の物語

■ 楊貴妃は類いまれな玉のような美しさであると称えられてきました

■ 楊貴妃(幼名は玉環といいます)と、
玄宗皇帝の愛を語り継いだとされる
白居易による「長恨歌」においても、
二人の愛を営む世界が、
玉楼にあると表現されています

■ 白居易 「長恨歌」から抜粋

(前略)
金屋妝成嬌侍夜 玉樓宴罷醉和春
・・・金の建屋で化粧を施し夜を待ち、宴が終わった後、玉楼にて(二人)春のように酔いしれる・・・
(中略) 
玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帶雨
・・・玉のように美しいその顔は寂しく、涙が一筋。梨の花の一枝が雨に濡れたかのような・・・
(後略)

玉の意味玄宗の愛情と、世界が表現されています

■「最高に美しい」という表現が、中国漢詩の世界でも玉として使われてきました

■その他、玉を表現した漢詩は、下記のサイトで深く記述されています
ご興味がある方は、ぜひ参照ください

  詩詞世界 
  玉臺新詠

名古屋~熱田神宮に楊貴妃の伝説があります

■ 熱田神宮

中国の神仙思想によると、西の山頂と、東方の海上に
不老不死の泉があるとされ、西の山頂は和田玉の発祥である崑倫山とされていました

■ 東の海上は蓬莱山(日本)とされ
始皇帝が派遣した徐福が
熱田に渡来したといわれました  

■ 熱田神宮の中今なお
楊貴妃の墓とされています楊貴妃は、
熱田明神の生まれ変わりとされています

かつて玄宗が西の海上の蓬莱山(日本)を
攻めようとした際に
熱田明神が楊貴妃に生まれ変わって
玄宗のその策略を止めさせたとの
いわれがあります

■ 中国で最期を遂げた楊貴妃は
再び、熱田の地に戻って眠ったといわれます

■ この伝説は鎌倉時代に
比叡山延暦寺に僧侶が記した記録が残っています

当時は広くこの伝説は信じられていたようです

■ 「尾張名所図会」蓬佐文庫所蔵に
楊貴妃に玉を献上する絵図が残っています

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